【前回のおさらい】ペリー来航
前回はペリーの来航をきっかけに,江戸幕府の鎖国体制が終わり,外国と不平等条約を結ぶことになったことをまとめました。
そしてそこから幕府の権力がドンドン低下していきます。
今回はいよいよ幕末のお話です。坂本龍馬や新撰組など大河ドラマにもなった大人気のストーリーですね!
どういった経緯で江戸幕府は滅亡してしまうのか,その流れを見ていきましょう。
前回までの江戸幕府についてのまとめはこちらから!
日本史をまとめるにあたって,参考にした資料は以下の2冊です。
尊王攘夷運動の高まり
開国を機に日本には外国勢力がドンドン入ってくるようになりました。そのため開国に反対の人々の間では,外国を追い出そうという攘夷論が高まってきました。
さらに開国を決断した江戸幕府は信用できないから,今後は朝廷(天皇)に政治を任せようという尊王論も高まってきました。
この2つが結びついて尊王攘夷運動となっていきました。
一方で幕府では朝廷(天皇)と協力して政治を行っていこうという公武合体論が唱えられました。「公」が朝廷,「武」が幕府を指します。
この当時の天皇である孝明天皇は幕府を頼りにしていて,幕府と力を合わせて外国勢力を追い出そうとしていました。
そして幕府としても,朝廷と協力できれば尊王論を唱えている人々を抑えることができますからね。
このように,開国をきっかけに日本国内はかなり慌ただしくなっていきますよ!
生麦事件と薩英戦争
1862年,尊王攘夷論を唱えていた薩摩藩(鹿児島)の大名行列が江戸から帰る途中で,イギリス人が行列を遮るような動きをしたとして,それに怒った薩摩藩士がイギリス人を殺傷する事件が起こりました。
これが神奈川の生麦村で起きたので生麦事件と言います。これに対して当然イギリスは黙っていません。
薩摩藩に対し賠償金の支払いを要求しますが,これを薩摩藩は拒否します。
そのためイギリスは翌年,薩摩藩に艦隊を派遣し砲撃し薩英戦争が起こりました。
薩摩藩はかなり力を持っていた有力な藩でしたが,イギリスにはなすすべもなく敗戦し,江戸幕府がお金を貸して賠償金を支払い終結しました。
そして薩摩藩はこの戦争をきっかけに攘夷運動が無理だと悟り,幕府を倒して新しい日本に変えていかないといけないことを痛感しました。
下関事件
薩英戦争が起きた1863年に,長州藩(山口)でも事件が起こります。
長州藩も攘夷論が盛んでしたが,薩摩藩との違いは幕府を信用していない倒幕派だったということです。
そのため下関に砲台を設置し,近くを通った外国船を勝手に砲撃し始めました。
このことがアメリカ・イギリス・フランス・オランダの怒りに触れ,4か国に攻められ敗れます。これが下関事件です。
長州藩は砲台の撤去と外国船の受け入れを条件に和睦を結びましたが,薩摩藩と同じく攘夷の難しさを痛感し,倒幕に向けて動きを強めていくことになります。
薩長同盟
こういった流れを受けて,日本を改革する必要があると考える人々が増えていきました。その中の1人が土佐藩(高知)出身の坂本龍馬です。
坂本龍馬は新時代のために幕府を倒す必要があり,それには特に力を持っている薩摩藩と長州藩の力が必要だと考えていました。
しかしここで1つの問題がありました。薩摩藩は幕府側で,長州藩は朝廷側だったため非常に仲が悪かったんです。
そのためこの2藩を何とか説得して倒幕のために協力させました。これが1866年の薩長同盟ですね。
薩摩藩の西郷隆盛はこの同盟に最初から賛成していて,長州藩と手を組めば無駄に争いに力を使う必要がなくなると考えていました。
一方で長州藩には薩摩藩を経由して武器を送ることを約束しました。また,長州藩は最初から倒幕派だったため孤立していましたが,それが解消されるというメリットもありました。
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大政奉還
1866年,長州藩が何やら怪しい動きをしているとして,幕府は長州藩に軍を派遣します。
しかし薩摩藩は薩長同盟を結んでいるため幕府には協力せず,長州藩は武器の援助を受けていたこともあり,幕府軍を打ち破ります。
さらにこの途中で14代将軍家茂が死亡し,徳川慶喜が15代将軍に就任します。
加えて幕府の支持者だった孝明天皇も急死してしまい,幕府の力は完全に落ちてしまいます。
そして1867年,土佐藩のすすめもあって慶喜は幕府をやめて政権を朝廷に返すことを決めました。これを大政奉還といいます。
こうして1603年から264年間続いた江戸幕府が終わりを告げました。
江戸幕府の滅亡 まとめ
以上が江戸幕府の滅亡の流れになります。
開国をきっかけに尊王攘夷運動が盛んになり,幕府を倒そうという動きが強まって,その結果ついに幕府が滅びることとなりました。
新撰組などは中学校ではあまり触れないので,また別の機会にまとめていきたいと思います。
そして次回からは,いよいよ新時代の幕開けです!
明治時代に入り,どういった改革を進めていったのかを解説していきます。ぜひ楽しみにしていてください!
中学校では習わないようなプラスアルファの内容も含んでいますが,高校で習うのでまとめて覚えておくと便利かと思います!
何を学ぶにしても,まずは基本をしっかり理解して土台を作ってあげることです!
この記事を土台にして,そこから自分で調べてさらに積み上げていってください。
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