<中学歴史解説>江戸幕府の仕組み

歴史

【前回のおさらい】徳川家康の天下統一事業

前回,徳川家康が見事に天下を統一し,江戸幕府を開いたところまでまとめました。今回はその続きで,江戸幕府が行った政治をより詳しく見ていきます!

鎌倉幕府や室町幕府など,今までの歴史を踏まえて同じ間違いをしないように,江戸幕府はしっかりとルールを作って土台を固めていきました。では具体的にどのようにして,大名や民衆をコントロールしていったのか。一緒に見ていきましょう!

また,ちょうど今大河ドラマで『どうする家康』が放送されていますね。その予備知識としても役立つとも思います!

ここで学んだ基礎知識をもとに,より興味が湧いた!もっと詳しく知りたい!という方は色々調べてみてください!

徳川家康についてのまとめはこちらから!

<社会人の歴史学び直し>江戸時代 徳川家康編

日本史をまとめるにあたって,参考にした資料は以下の2冊です。

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江戸幕府の政治

江戸幕府は大名や民衆が反乱を起こさないように,ルールを作って徹底してコントロールしていきました。前回まとめた大名の配置なんかもまさにそうですね!

まずは最低限覚えておきたい内容を簡潔にまとめていきます。

大名と朝廷の統制

武家諸法度1615年,徳川家康が大名を取り締まるために定めた法律。大名が幕府の許可なく城を修理することなどを禁止した。また大名1人につき城は1つとした。

参勤交代1635年3代将軍徳川家光が武家諸法度に追加した制度で,大名は1年おきに領地と江戸を往復することが義務づけられた。

禁中並公家諸法度きんちゅうならびにくげしょはっと…1615年に定められた天皇や公家を取り締まる法律。学問と文化に専念させ,政治に関わらせないようにした。

農民の統制

江戸時代の身分を武士百姓町人穢多えた非人ひにんに分けた。

・武士…名字があり,帯刀(刀を持つこと)が認められた。

・百姓…土地を持つ本百姓ほんびゃくしょうと土地を持たない水のみ百姓に分かれ,有力な本百姓は庄屋しょうや(名主なぬし)・組頭くみがしら百姓代ひゃくしょうだいといった村を運営する役人になった。

・町人…職人や商人のことで,幕府や藩に営業税を納めた。

・穢多・非人…動物の死骸に触れる仕事の人や,犯罪者とその家族のこと。他の身分の人々からは厳しく差別された。

五人組…百姓・町人の5家族を1組としてお互いに監視させ,犯罪の防止や年貢の納入に連帯責任を負わせた

慶安けいあん御触書おふれがき…1648年に出され,百姓の生活ルールを定めた。

江戸幕府の政治 解説

大名と朝廷の統制

武家諸法度参勤交代も,目的は大名の経済力を弱らせ,大名への支配を強めることです。

武家諸法度にはさきほどまとめた内容以外にも,「幕府の許可なく大名同士で結婚してはならない」などもありました。

江戸幕府に反抗する勢力が現れることを徹底的に防いでいったわけですね。

参勤交代も江戸と領地を行き来させることでお金を使わせ,大名の経済力を削いでいきました。

ただこれは諸説あり,今は将軍と大名の主従関係を明確にするためという説が有力となっています。

また,江戸幕府は大名だけでなく,朝廷(天皇)にも制限を加えました。それが禁中並公家諸法度です。

「禁中」とは天皇のことを指します。天皇といえど,少しでも幕府にとって脅威になりそうなものには制限を設けていきました。

鎌倉時代には後鳥羽上皇ごとばじょうこう後醍醐天皇ごだいごてんのうが幕府を攻撃するという出来事がありましたからね。このあたりが,いかに江戸幕府が支配を徹底していたかを物語っています。

農民の統制

以前の教科書では「士農工商」といって,武士-百姓-町人の順で身分に差があったとされていましたが,近年の研究ではただ単に職業名を表していただけとされています。

武士が支配階級であったことは変わりませんが,その他の身分はすべて対等だったと言われています。お金を払ったり功績を認められれば,武士になることができたそうです。

ただ,士農工商とは別に差別されてきた身分が穢多・非人でした。

江戸幕府はわざとこういった身分を作ることで,百姓は生活に対する不満をそらそうと考えたのでした。不満のはけ口として作られた身分ということです。

では当時の百姓の生活とはどのようなものだったのか。

百姓は自分の土地で作った米の50%近くが年貢として持っていかれました。また,米以外の作物を自由に作ることも禁止されており,非常に苦しいものでした。

さらに五人組という制度もあり,5家族で1組となってお互いに監視させ,どこかの家族が年貢を納められなかったりしたら,連帯して責任を負わされました。

何とも厳しいルールですよね…普段の生活から気が気じゃないですね。

そしてこれだけでなく,慶安の御触書という百姓の生活を制限するルールがありました。

内容をざっくりまとめると,「1日中働け」「米をたくさん食べるな」「酒・たばこ・茶は飲むな」といったものでした。

ただでさえ年貢をたくさん納めないといけないのに生活にも厳しいルールがあって,お互いに監視し合って…など,とてもじゃないけど耐えられないような辛い生活を百姓は強いられていました。

なので当然不満が出るはずですよね。その不満をそらすための穢多・非人だったわけです。

江戸幕府の仕組み まとめ

以上が江戸幕府の政治になります。

ポイントは,幕府の脅威になりそうなものは天皇だろうと徹底的に統制していったということです。

こうして幕府の支配を強めていきました。かなり徹底して考えられていますよね。

次回は江戸幕府の外交政策をまとめていきます。江戸時代といえば「鎖国」という単語をよく聞くと思いますが,鎖国といっても外国との交流を一切絶っていたわけではないですよ!

この辺りを詳しく説明していきます!次回もお楽しみに!

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