今回は、享保・寛政・天保の三大改革から、ペリー来航、そして江戸幕府が滅亡するまでの流れを総復習できる厳選50問を作成しました。語句を答える基本問題はもちろん、歴史の流れをつかむ並び替え問題や、「なぜその政策が行われたのか?」を問う記述問題まで幅広く用意しています。
順番に解いていけば自然とストーリーが頭に入る構成になっているので、ぜひ満点を目指してチャレンジしてみてください!問題は以下からPDFで印刷できます。
大問1
(1) 8代将軍として紀伊藩から迎えられ、幕政の改革を行った人物は誰ですか。
(2) 上記の人物が行った、幕府の財政立て直しなどの一連の改革を何といいますか。
(3) 幕府の収入を増やすため、大名に対して1万石につき100石の米を納めさせる制度は何ですか。
(4) 裁判の基準を定め、公平な判決を下せるように制定された法律は何ですか。
(5) 民衆の意見を直接政治に生かすため、評定所の前に置かれた投書箱を何といいますか。
(6) 上記の投書をきっかけに、貧しい人々の病気を治療するために江戸に設けられた施設は何ですか。
(7) 幕府の年貢収入を増やすため、商人などの資金も利用して奨励した土地の開発を何といいますか。
(8) 豊作や凶作に関わらず毎年一定の年貢を納めさせる方針をとるなど、米の値段の安定に尽力したことから、8代将軍は人々から何とよばれましたか。
(9) 飢饉の対策として青木昆陽らに栽培を命じた、乾燥に強い作物は何ですか。
(10) この改革によって年貢の取り立てが厳しくなったことなどから、農民が団結して領主や代官に年貢の引き下げなどを要求する騒動が増加しました。これを何といいますか。
大問2
(11) 10代将軍家治のもとで老中となり、商人の力を利用して幕府の財政を立て直そうとした人物は誰ですか。
(12) 上記の人物が、特権を認めて税(運上・冥加など)を納めさせるために奨励した商人の同業者組合を何といいますか。
(13) 長崎貿易で輸出を奨励した、いりこ・干しあわび・ふかひれ等の海産物を総称して何といいますか。
(14) ロシアの接近に備えるとともに開発を行うため、最上徳内らを派遣して調査させた地域(現在の北海道)を当時は何とよんでいましたか。
(15) 11代将軍家斉のもとで老中となり、祖父である吉宗の政治を理想として改革を行った人物は誰ですか。
(16) 上記の人物が行った、厳しい倹約などを中心とする政治改革を何といいますか。
(17) 18世紀後半に東北地方を中心に起こり、上記の改革が行われるきっかけとなった大飢饉を何といいますか。
(18) 飢饉などの災害に備えるため、大名に命じて米を倉に蓄えさせた制度を何といいますか。
(19) 寛政の改革において、幕府の学校(昌平坂学問所)で正学(正しい学問)とされ、それ以外の学問を教えることが禁じられた儒学の一派を何といいますか。
(20) 18世紀後半ごろから発達した、日本の古典を研究し、日本古来の精神を明らかにしようとする学問を何といいますか。
大問3
(21) 1825年、日本の沿岸に接近する外国船を無条件で追い払うために幕府が出した法令を何といいますか。
(22) 1837年、元大阪町奉行所の役人で、飢饉で苦しむ人々を救うために乱を起こした人物は誰ですか。
(23) 12代将軍家慶のもとで老中となり、幕府の権威を取り戻すために改革を行った人物は誰ですか。
(24) 上記の人物が行った改革を何といいますか。
(25) 1842年、清がイギリスに敗れたアヘン戦争の結果を知り、幕府が外国船への対応をゆるめて出した法令は何ですか。
(26) 幕府は農村の人口不足を補うため、江戸にいる農民を強制的に村に帰らせて農業をさせようとしました。この時期にヨーロッパの学問や文化を、オランダ語を通して学ぶ学問が発達しました。これを何といいますか。
(27) 1839年、幕府の外国船に対する政策を批判した渡辺崋山や高野長英らが処罰された事件を何といいますか。
(28) 『古事記伝』を著し、日本古来の精神を研究する学問を大成した人物は誰ですか。
(29) 日本古来の学問の発展とともに広まった、天皇(朝廷)を尊ぶ考え方を何といいますか。
(30) 日本全国を測量し、精巧な日本地図(大日本沿海輿地全図)を作った人物は誰ですか。
大問4
(31) 江戸や大阪の周辺の土地を幕府の直轄地にしようとした政策は猛反対を受け失敗しました。その後、1853年に4隻の軍艦を引き連れて浦賀(神奈川県)に来航し、開国を求めたアメリカの使節は誰ですか。
(32) 1854年、幕府がアメリカと結んで鎖国を終わらせた条約は何ですか。
(33) 上記の条約で開港されたのは、北海道の函館と、現在の静岡県にあるどこですか。
(34) 1858年、幕府が朝廷の許可(勅許)を得ないまま、アメリカなどと結んだ条約は何ですか。
(35) 上記の条約で開港された5つの港のうち、のちに生糸の輸出拠点として貿易の中心となった、現在の神奈川県にある港はどこですか。
(36) 貿易が開始された後、日本から大量の生糸などが輸出されました。この時期の日本にとって最大の貿易相手国となった国はどこですか。
(37) 1858年の条約調印に反対する大名や武士などを厳しく処罰した、当時の大老は誰ですか。
(38) 上記の大老が、1860年に江戸城の門外で暗殺された事件を何といいますか。
(39) 1867年頃、東海から近畿地方にかけて、民衆が「よい世の中が来る」と期待して熱狂的に踊り歩いた騒動を何といいますか。
(40) 外国勢力を打ち払おうとする考え方と、天皇を尊ぶ考え方が結びついた、幕末の政治運動を何といいますか。
(41) 1866年、坂本龍馬らの仲介によって結ばれた、幕府を倒すための軍事同盟を何といいますか。
(42) 1867年、15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返した出来事を何といいますか。
大問5
(43) 次のア~ウの出来事を、年代の古い順に並べ替えなさい。
ア:外国船の接近に対し、無条件で追い払う法令が出される
イ:民衆の意見を聞くための投書箱が置かれる
ウ:元大阪町奉行所の役人が乱を起こす
(44) 次のア~ウの出来事を、年代の古い順に並べ替えなさい。
ア:幕府が朝廷の許可なく、アメリカと条約を結ぶ
イ:江戸幕府が政権を朝廷に返上する
ウ:外国の軍艦が神奈川県の浦賀に来航する
(45) 【記述】吉宗が定めた「大名に米を納めさせる制度」では、協力した大名に対してどのような負担の軽減を行いましたか。「参勤交代」という言葉を使って説明しなさい。
(46) 【記述】田沼意次が行った政治において、商人の同業者組合に特権を認める代わりに、幕府は何を納めさせましたか。「税」という言葉を使って説明しなさい。
(47) 【記述】寛政の改革において、幕府は江戸に出稼ぎに来ている農民に資金を与え、故郷の村へ帰るように勧めました。これはどのような目的で行われましたか。「人口」と「農業」という言葉を使って説明しなさい。
(48) 【記述】天保の改革において、幕府が商人の同業者組合に解散を命じた主な理由は何ですか。「物価」という言葉を使って説明しなさい。
(49) 【記述】幕末に結ばれた日米修好通商条約などが、日本にとって不利な「不平等条約」と呼ばれる理由を、「関税」と「裁判」という言葉が指し示す内容にふれながら説明しなさい。
(50) 【記述】15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返した主な理由(狙い)は何ですか。「武力」という言葉を使って説明しなさい。

解答と解説
大問1
(1) 徳川吉宗
解説:8代将軍として、幕府の深刻な財政難を立て直すために様々な改革を行いました。質素倹約を呼びかけ、武芸を奨励しました。
(2) 享保の改革
解説:吉宗が行った一連の政治改革です。三大改革のトップバッターとして、江戸時代中期の転換点となりました。
(3) 上げ米の制
解説:財政難を切り抜けるための一時的な対策です。米を納めさせる代わりに、大名の参勤交代による江戸滞在期間を短くしました。
(4) 公事方御定書(くじかたおさだめがき)
解説:これまでは裁判官のさじ加減で決まっていた刑罰に基準を設け、公平で迅速な裁判を行えるようにしました。
(5) 目安箱
解説:庶民の意見を直接聞くために設けられました。吉宗自らが鍵を開けて投書を読んだといわれています。
(6) 小石川養生所
解説:目安箱への投書をもとに設立された無料の病院です。貧しい人々の医療を支援しました。
(7) 新田開発
解説:年貢の収入を増やすため、商人などが持つ豊かな資金を活用して新しい田畑をどんどん開拓させました。
(8) 米将軍
解説:米の値段は武士の生活(給料)に直結するため、吉宗は米価の安定に最も力を注ぎ、人々からこう呼ばれました。
(9) さつまいも(甘藷)
解説:雨が少なくても育つため、凶作時の非常食として青木昆陽に研究・栽培させました。
(10) 百姓一揆
解説:吉宗の改革によって年貢の取り立てが厳しくなったため、農民たちは団結して一揆を起こすようになりました。
大問2
(11) 田沼意次
解説:吉宗の時代とは打って変わり、農業(米)ではなく商業(お金)に注目して幕府の収入を増やそうとした老中です。
(12) 株仲間
解説:商人の同業者組合です。田沼意次はこれを積極的に公認して特権を与え、代わりに営業税(運上・冥加)を納めさせました。
(13) 俵物(たわらもの)
解説:清(中国)向けの重要な輸出品です。海産物を俵に詰めて輸出したことからこう呼ばれ、代わりに金や銀を輸入しました。
(14) 蝦夷地(えぞち)
解説:現在の北海道です。ロシアの船が接近してきたため、最上徳内などを派遣して調査と開発の準備を進めました。
(15) 松平定信
解説:徳川吉宗の孫にあたり、田沼意次の政治を批判して、祖父の吉宗を理想とした厳格な改革を始めました。
(16) 寛政の改革
解説:松平定信が行った改革です。あまりにも厳しい倹約令などを出したため、人々の反発を招き数年で終わりました。
(17) 天明の飢饉
解説:浅間山の噴火や冷害が重なり、多くの餓死者が出ました。これが田沼意次が失脚する原因の一つとなりました。
(18) 囲い米
解説:天明の飢饉の反省から、大名に命じて1万石につき50石の米を倉に蓄えさせ、いざという時の災害に備えさせました。
(19) 朱子学
解説:上下の身分秩序を重んじる教えが幕府にとって都合が良かったため、松平定信はこの学問を「正学」とし、これ以外の講義を禁じました(寛政異学の禁)。
(20) 国学
解説:仏教や儒学など外国からの教えが入る前の、日本古来の純粋な精神を探究しようとする学問が発達しました。
大問3
(21) 異国船打払令
解説:日本に近づく外国船を見つけたら、理由を問わず砲撃して追い返すという強硬な法律です。
(22) 大塩平八郎
解説:元役人でありながら、飢饉で苦しむ民衆を救うために乱を起こしたため、幕府に大きな衝撃を与えました。
(23) 水野忠邦
解説:大塩平八郎の乱などで揺らいだ幕府の権威を取り戻すため、厳格な改革を断行した老中です。
(24) 天保の改革
解説:水野忠邦が行った改革です。江戸周辺を直轄地にしようとするなど強引な政策が多く、大名などの反発で失敗しました。
(25) 薪水給与令(しんすいきゅうよれい / 天保の薪水給与令)
解説:大国である清がアヘン戦争で負けたことに驚いた幕府が、異国船打払令をゆるめ、水や燃料を与えるようにした法律です。
(26) 蘭学
解説:鎖国中でも貿易が続いていたオランダの言葉を通じて、ヨーロッパの医学や天文学などを学ぶ学問です。
(27) 蛮社の獄
解説:幕府の古い鎖国政策を批判した渡辺崋山(わたなべかざん)や高野長英(たかのちょうえい)らが弾圧された事件です。
(28) 本居宣長
解説:『古事記』を研究して『古事記伝』を完成させ、国学を大成しました。
(29) 尊王論
解説:国学の広まりとともに「天皇こそが日本の中心である」とする考え方が強まり、のちの倒幕運動へと繋がっていきます。
(30) 伊能忠敬
解説:全国を歩いて測量し、当時の世界水準から見ても非常に正確な日本地図を作り上げました。
大問4
(31) ペリー
解説:アメリカの東インド艦隊司令長官です。黒船(蒸気船)で浦賀に来航し、幕府に開国を迫りました。
(32) 日米和親条約
解説:ペリーの再来航によって結ばれた条約で、これにより約200年続いた日本の鎖国が終わりました。
(33) 下田
解説:現在の静岡県にある港です。日米和親条約では、北海道の函館と静岡県の下田の2港が開かれました。
(34) 日米修好通商条約
解説:アメリカの総領事ハリスに求められ、大老の井伊直弼が朝廷の許可を得ずに結んだ条約です。
(35) 横浜
解説:現在の神奈川県にある港です。開港後、生糸などの輸出拠点として外国との貿易の中心地になりました。
(36) イギリス
解説:当時の世界最大の工業国であり、日本からの輸出品目(生糸やお茶)の最大の買い手となりました。
(37) 井伊直弼
解説:条約調印や将軍の跡継ぎ問題に反対する人々を厳しく処罰(安政の大獄)したため、強い恨みを買うことになりました。
(38) 桜田門外の変
解説:井伊直弼が、江戸城の桜田門の外で水戸藩などの元藩士らによって暗殺された事件です。幕府の権威は大きく失墜しました。
(39) ええじゃないか
解説:政治の混乱や物価高に苦しむ民衆が、「ええじゃないか」と歌い踊りながら社会の不満を爆発させた騒動です。
(40) 尊王攘夷運動
解説:天皇を尊ぶ「尊王論」と、外国を追い払う「攘夷論」が結びつき、幕府を倒そうとする大きなうねりになりました。
(41) 薩長同盟
解説:対立していた薩摩藩(西郷隆盛ら)と長州藩(木戸孝允ら)が、坂本龍馬の仲介によって手を結びました。
(42) 大政奉還
解説:15代将軍徳川慶喜が、政権を朝廷(天皇)に返上した出来事です。これにより、約260年続いた江戸幕府が滅亡しました。
大問5
(43) イ → ア → ウ
解説:目安箱[享保の改革:18世紀前半] → 異国船打払令[1825年] → 大塩平八郎の乱[1837年]の順です。改革の順番(享保→寛政→天保)を軸に考えましょう。
(44) ウ → ア → イ
解説:ペリー来航[1853年] → 日米修好通商条約[1858年] → 大政奉還[1867年]の順です。幕末の動乱期は年表の流れがよく問われます。
(45) 【解答例】参勤交代で江戸に滞在する期間を、1年から半年に短縮した。
解説:米を納めさせる見返りとして大名の負担を軽くした「上げ米の制」の内容です。
(46) 【解答例】商人に特権を認める代わりに、営業税(運上や冥加)を納めさせた。
解説:田沼意次は、農業だけでなく商業から税金を取ることで財政を立て直そうとしました。
(47) 【解答例】農村の人口不足を解消し、農業を立て直して年貢の収入を安定させるため。
解説:出稼ぎを制限して農村を復活させようとした松平定信の政策です。
(48) 【解答例】株仲間が商品の流通を独占して物価を引き上げていると考え、自由な取引によって物価を下げようとしたから。
解説:水野忠邦の政策ですが、結果的に流通ルートが壊れて逆効果となり、改革は失敗しました。
(49) 【解答例】日本に関税自主権がなく輸入品の税率を自由に決められないうえ、領事裁判権(治外法権)を認めたため外国人が日本で罪を犯しても日本の法律で裁けない条約だったから。
解説:「関税自主権がない」「領事裁判権を認める」という2つのキーワードはセットで必ず覚えましょう。
(50) 【解答例】政権を朝廷に返すことで薩摩藩などが武力で幕府を倒す口実をなくし、新しい政治体制になっても引き続き徳川氏が実権を握ろうとしたため。
解説:徳川慶喜は、政治の実権を手放したふりをして、徳川中心の新しい会議を開いて主導権を握り続けようと計算していました。
江戸時代の三大改革〜幕府の滅亡 練習問題 50本ノック まとめ
お疲れ様でした!
この時代は「財政難をどう乗り切るか」という幕府の悩みと、「外国船がやってきた!」という外からのプレッシャーが重なって歴史が動いていきます。
記述問題や解説で説明されている「なぜその政策をやったのか?」という理由の部分まで自分の言葉で説明できるようになれば、定期テストはもちろん、高校入試でも確実に得点源になります。間違えた部分はしっかり復習して、江戸時代マスターを目指しましょう!
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